火山岩が語るマントルの水

解説執筆:中村仁美
作成協力:赤司卓也・乾 保雄・竹内晋吾・平野直人



1.白い石と黒い石
2.中部日本のマントル
3.スラブ流体と火山
4.スラブ流体を探す旅 〜エピソード〜
5.スラブ流体の検出
6.終わりに
7.原著論文
8.参考文献・リンク




1.白い石と黒い石

 ある夏の暑い日、知り合いの 小さな女の子が石をくれました。「おねえちゃんは、石を集めてるんでしょ?あげる」と言って照れながら彼女が私の手に置いたのは、楕円形の小さな白い石でした。家族で浅間山に行ったそうです。よく見ると、変質していて、黒雲母がポツポツと見えます。 私が石を集めているということを彼女が記憶してくれていたことが嬉しく、採取年月日とAsamaという字を石に記し、大事にコレクション棚に置きました。

 私のコレクション棚には色々な岩石があります。黄色の粒が混ざった見た目よりずっしりと重いボニン石、緑と白の混ざったイタリアフィネロの石、黒い母石の中で際だつ緑の隠岐のゼノリス、深い黒緑の幌満の石、ピンク色のマンガン鉱、縞々模様が入ったベージュ色の第三紀の砂岩など、お土産として貰った色々な珍しい石が飾られています。石には本当にたくさんの種類がありますね。その中で私自身が研究しているのは、日本ではあまり珍しくない、普通の溶岩です。

 火山から噴出した溶岩は、火山の下のマントルの情報を持っていることがあります。マントルの情報を持っていそうな溶岩は、変質がなく、かつ、色が黒っぽい玄武岩と呼ばれる岩石です。このようなマントルの情報を持っている石を、中部日本全域から集めました。


2.中部日本のマントル

 火山の多い日本は、沈み込み帯の一部です。沈み込み帯において沈み込まれる側のプレートの上にできた火山の列を含む地形を、島弧と言います。例えば、東北日本は代表的な島弧で、太平洋プレートがユーラシアプレートの下へ沈み込んでいます。東北日本の火山を見ていると規則性をもって並んでいるように思えます(図1)。

 実際、火山岩を調べてみると、太平洋側から日本海側に向かって島弧を横断する方向で、化学組成(例えば、カリウムなどのアルカリ元素)が規則的に変化していることが分かっています。また地震の観測データから、沈み込む太平洋プレートの上面を示す深発地震面が島弧を横断する方向で深くなっていることも明らかになっています。これらの現象は、マントルと沈み込むプレートの間に起こる化学的・物理的な相互作用が原因と考えられています。特に、沈み込むプレートから出てくる「スラブ流体」が関与していることが分かってきています。

 そこで、中部日本で「スラブ流体」を探してみよう、というのが私の研究です。ここで、中部日本というのは、北は新潟県や福島県辺りから南は岐阜県福井県辺りまでを想定しています。中部日本は世界的に見ても極めて稀な変動帯で、プレートが二重に沈み込んでいます。ユーラシアプレートに東南東方向から太平洋プレートが沈み込み、さらに南東方向からフィリピン海プレートが太平洋プレートに覆いかぶさるように沈み込んでいます。また、火山の配列は東北日本と違って、規則性を持たないように見えます(図1)。これらのことは、中部日本の地下で、特異的な火成活動が起こっていることを示唆しています。では、「スラブ流体」とは何でしょうか。また、スラブ流体を探すことにどのような意味があるのでしょうか。


図1:中部日本の火山とプレートの配置
3.スラブ流体と火山

 地球は生態系のうつわであり、それ自体が物質循環系です。簡単に言うと、中央海嶺でマントルからプレートが作られ、沈み込み帯で海溝からマントルへプレートが沈み込むことで、地球は物質をダイナミックに循環させています(図2)。地球がどのような仕組みで循環しているかを理解することは、地球といううつわの中で生きている人間を含めた生態系の今後を予測することに繋がります。

 地球の物質循環を考える上で、水は重要な要素です。水は、地球表層だけでなく地球内部にも普遍的に存在し、マグマの発生に影響を与える重要な役割を担っています。スラブ流体と言うのは、マントルへ沈み込んでいくプレートから放出される水のことで、地球規模の物質循環の入り口である沈み込み帯での物質収支を支配する極めて重要な役割を担っています。このスラブ流体がどこからきて、どこにどれくらい分布していて、どうやって運ばれて、どのように火成活動を引き起こすのか?私は、スラブ流体の動きによって起こる沈み込み帯の物質収支(元素の移動)を明らかにすることで、地球の物質循環・進化の理解に繋げていきたいと考えています。


図2:プレートの動きに伴う物質循環


 海溝から沈み込む海洋プレートは、3つの層から構成されています。最上部が、海洋性堆積物で、主に海洋性プランクトンの死骸(チャート)や陸や海底火山からもたらされた砂泥です。二番目の層は、海洋地殻で、中央海嶺で噴出した溶岩からできています。最下層は、海洋地殻と一体となって運動するマントルの一部で、かんらん岩からできています。これら3つの層は、含水鉱物という形で水を多く含んでいます。海洋プレートの各層に含まれる含水鉱物に保持された水は、海洋プレートが海溝から沈み込んでいくことで、マントルと呼ばれる地球内部へ運ばれていきます。

 しかし、沈み込むにつれ、マントルの圧力と温度が高くなっていくので、含水鉱物が安定に存在できなくなり、水を含まない鉱物に分解してしまいます。その際、含水鉱物が保持していた水はプレートの上側のマントル中へ放出されます。この放出された水が、スラブ流体です。正確には、水だけでなく、堆積物や海洋地殻に含まれる、水に溶けやすい元素を含んでいるので、流体と呼びます。

 スラブ流体は浮力によって、マントルを造っている鉱物の粒間を浸透しながら上へと上昇していきます。やがて、スラブ流体によって融点が下がったマントルが部分的に溶け始めます。部分的に溶けたマントルは軽くなるので、軽くなったマントルの塊だけ上昇します。上昇によってマントルがさらに溶けて、溶けた部分が集まりマグマになります。マグマが地表に噴出して固まったのが、火山です。つまり、スラブ流体は、島弧火山形成の原因となっていると言えます。スラブ流体はマグマに溶け込むので、その痕跡が火山岩の中に残ります。以上のように、水は海からマントルに沈み込んで、スラブ流体を経て、火山噴火を通じて地表に戻るという大循環をしています。

 このスラブ流体を中部日本で見つけました、というのが今回の論文の内容です。そして、スラブ流体がプレートを通り抜けていると言うことが新たに分かりました。これは、中部日本が二重のプレートが斜行し重なって沈み込む特異な条件にあったこと、かつ、2つのプレートからもたらされるスラブ流体の化学組成が異なっていたため、予期せずわかったことです。




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