出典: 日本火山の会:火山ライブラリー

火山とプレートテクトニクス


中村一明(著)


東京大学出版会
1989年
4635円

火山の理工学



 この本の著者である元東京大学地震研究所教授中村一明氏が,多くの人に惜しまれながら世を去ってから,早くも3年の歳月が流れた.この本は中村一明著となっているが,実際には1984年に高知大学において行なわれた一明氏の集中講義を録音したテープの内容を,彼を師と慕う4人の編者が聞き取り,講義で使用した多くの図版とともに再編集したものが主体となっている.それが本書の前半70%を占める第1部:火山とプレートテクトニクスであり,おそらく編者たちがもっとも時間と労力を注いだ部分である.

 生前の一明氏の口調そのままのウィットに富んだ講義が学生との質疑応答も含めて忠実に再現されているため,ありし日の著者と話したことのある読者ならば,まるで目の前で一明氏がやさしく語りかけているかのような錯覚に陥るだろう.編集対象となった講義のテープには何を指すのか不明な指示代名詞が多数あったということだし,講義に使われた資料やスライドなども散逸していたであろうから,これほどまでに自然な流れの文章上に講義を再現できたことは驚異であり,編者たちの並々ならぬ努力に頭が下がる.

 本文中の一明氏の言葉を引用しながら,本書の中心である第1部の内容に簡単に触れてみよう.第1部は以下の7節から構成されている.

 1.伊豆大島火山の表層地質

 「このように非常にロ−カルな大島の話を大事そうに話しているのは,世界中どこでも同じだからです」

 彼の研究の出発点となった伊豆大島火山の火山地質の話.火山の噴火史というものをどのように組み上げ,そこから何がわかるかが,簡潔明瞭に語られている.

 2.複成火山と単成火山

 「ドイツ人もフランス人も自分の国に複成火山と対をなす独立単成火山群があるなどということは知らないで,ドイツ人はボ−トを漕いでいるし,フランス人はチ−ズを作っている」

 前半は火山の大噴火というもののさまざまな様相について,後半は火山を複成火山と独立単成火山群の2つに分けることが本質的な分類であると語られる.前半においては,最近10年間ほどの間に急速に進展した爆発的噴火に関する研究の成果がほとんどフォロ−されていない.これは,原典となった集中講義自体が1984年のものとやや古いためであり,仕方のないこととは言え残念な点である.しかし,後半の内容は現在においても,我々が火山の成因を考える際の議論の指針となっている.

 3.マグマ溜りは存在するか

 「火山の断面を書くと,多くの人は火山の下に怪し気な,一見わかったようなマグマ溜りの絵を描く」

 我々が火山の断面を考える時に何となく書いてしまうマグマ溜りが,なぜ存在すると考えられているのかを中村流に理詰めで追及してゆく節であり,一明氏の個性が色濃く出ている部分である.最近では,火山下の定常的なマグマ溜りの存在に疑問を投げかける主張もあり,あらためて興味をそそられる節である.

 4.噴火のからくり

 「一番重要なのは,側火山の多くは単成火山であるということです.何を意味するかというと,直接の火道はほとんどパイプでなくて岩脈だということを言いたいのです」

 本書の題名から言えば第1部の中核的存在となる節であり,地殻応力と火山の関係が語られている.噴火にともなう火山体のインフレ−ション/デフレ−ション,岩脈とは何か,岩脈の方位と応力場,応力場と火山の種類,山腹噴火の意味,応力場を反映した火山体の構造,などが順に語られてゆく.「中村法」として名高い岩脈法がどのような観察事実と考察によって成立していったかがよくわかる.あらためて学んだり考えさせられたりする所が多く,感銘深い節である.

 5.プレ−ト拡大の微分的現象

 「もし地球科学を志す人がいたら,訪問してみたらどうですかと僕が勧めたい場所のひとつがアイスランドです」

 プレ−トが拡大するという現象は実際にはどのようなことであるのか,の答の一端が,アイスランドの火山を例にとって述べられている.地熱採取井から小規模な噴火が生じた話(クラプラ事件)が興味深い.

 6.海洋プレ−ト内の火山ハワイ

 「ハワイでは,マグマが地表にあるということは”地下でマグマが形成されたことである”とは考えません.地下には普遍的にマグマがあるが,”その通路ができたことである”というふうに考えます」

 海洋プレ−ト上のハワイホットスポットの火山活動のモデルとして,移動するリソスフェア上の線状熱源の加熱と冷却による独自の解釈が精緻に語られる.読者は,地球上の代表的火山のモデルが組み立てられてゆくさまを堪能できる.

 7.フィリピン海プレ−ト北端部の変動

 「プレ−トの力学的な境界には少なくとも幅がありますから,正確には”境界域”と呼ぶべきです.力学的境界そのものは簡単には描けないし研究の対象でさえあるわけで,そういうことを認識する必要があるというわけです」

 一明氏が逝去前の数年間に熱中していたテ−マの一つであり,彼の学問の集大成の一つとも言える,伊豆半島周辺の最近の変動を統一的に解釈するモデルの話が語られている.ここまでの節で語られてきた話が一体となり,プレ−トの曲りを機軸として伊豆周辺地域に生じる地球物理・地質現象のすべてに説明が与えられてゆく.デ−タの質・量とも格段に増した現在,さまざまな反論や修正モデルが提出されつつあるとは言え,広範囲の分野のデ−タにもとづく基本的な一つの考え方として現在もその輝きを失っていない.

 本書の残りの後半30%は,第2部:地震の話−地質屋の地震観,第3部:火山とテクトニクスその後の研究,第4部:中村一明の生涯とその業績,中村一明主要著作目録,および全体の引用文献の各部から構成されている.

 このうち第2部は一明氏自身の公表論文を再収録したもので,第1部に欠けている一明氏の地震観を補う意味であるという.内容としては新潟地震にともなう粟島の変動,松代群発地震,最近の伊豆の地震の3つのテ−マが取り上げられている.このうち本書の主題に即したもっとも興味深い話は,松代群発地震を水噴火としてとらえる独自のモデルの話である.第3部は,集中講義が行なわれた1984年以降の研究の進展を補う意味で,編者を含む数人の研究者が,一明氏の研究と関連の深いテ−マについて一筆書いたものが主体となっている.第4部には,一明氏の旧友である杉村 新,松田時彦の両氏の手によって一明氏の科学者としての一生が描き出されており,我々後進にとって興味深い一文である.

 一明氏自身の著作である第1部と第2部を通読した感想であるが,通常我々が一見わかりきったこととしてあまり深く考えない事をも,一つ一つ丹念に論理的に説明してゆこうとする姿勢にあらためて感心させられた.ゆくゆくは新しい概念や理論として発展していったかもしれない深い洞察や重要なアイデアがおぼろげに見える箇所もある.学生ばかりでなく教育者・研究者にとっても大いに参考になり,火山やテクトニクスに関する基本概念の成り立ちををあらためて考えるよい機会となるだろう.

 本書のまえがきにも触れられていることであるが,この本は知識を単に身につけたり理解したりするためだけの本ではなく,中村流のものの考え方を学ぶための教科書としてもとらえることができる.我々が解釈困難な現象やデータにぶつかった時,この本をひもとけば何かがひらめきそうな,そんな本である.
(2003年 4/1 小山真人)
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